サン=テグジュぺリ 最後の機体

 「星の王子様」で一般的人気を保ち、「夜間飛行」や「人間の土地」で航空ファンを今でも魅了してやまない、飛行家にして作家、サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupery)。彼は1944年7月31日、最後の任地であるコルシカ島ボルガ飛行場から、40歳代の人間が操縦するには無理のあるF-5B(P-38戦闘機の改造偵察機)にて作戦飛行中、消息を絶ちました。

 私はサンテックスの機体では、派手な記録飛行用のコードロン・シムーンしか興味が無かったので気をつけていませんでしたが、最後の飛行のことは語られていても、最後の機体については塗装といい実は良くわかっていないのでした。1998年9月7日にブレスレットが発見され、2000年5月に機体の残骸も発見されマスメディアでも取り上げられましたが、なんせ残骸だし、直前の写真も有りながらも不明点も多々有るようです。2007年9月に掲示板にてこの話題が出て、ゆたかさんとズブ四郎さんのお二人の考証に、ペガサスさん、mayonaka卿も絡んでウイキノミクス(WIKINOMICS)状態を呈することになったので、ログを記録して置くことにいたしました。各人敬称は省略しております。なお、私を含む幾人かの、「最後の機体以外の話題」は省略しておりますのであしからず。20007.09.15

<関連リンク>
・Site officiel d'Antoine de Saint Exupery
ウィキペディア

<関連書籍・映画>
John Phillips写真集"Les derniers Jours de Saint-Exupery
星の王子さまの眠る海

・映画「星の王子様を探して 」(主演:ブルーノ-ガンツ、ダニエル・<007>クレイグ、マリア・デ・メロディス)
映画「星空への帰還

(1)ゆたか@sapporo  投稿日:2007年 9月 5日(水)
 さて、サンテグジュぺリの最後の機体の話題が出たところで、気分転換も兼ねまして…(がらんどうさん、長文をすみません...一寸お借りしますm..m)
 私の長年の疑問を皆様に・・・

 サンテックスの最後の飛行は、良く知られているように、1944年の7月31日の朝にF-5B 42-68223号機でコルシカ島ボルゴ飛行場からフランス内陸部への偵察飛行に離陸したまま、未帰還となっています。

 これまで発表されている、彼の最後の乗機の塗装については、以下のような説があります。
1)ベアメタルにフランス空軍仕様にリペイントされた塗装
 尾翼のフィンフラッシュは無く、機首"223"と尾翼"268223"のシリアルは米軍時代そのまま。
 →2004年発行の最新の資料である"Les AILES de GLOIRE No16 Les P-38 de la 33e Escadre"
 (栄光の翼#16 33飛行隊のP-38)はこの説。
 これは、スケール・アヴィエーション誌8月号に掲載された、F-5Bの作例がそのものズバリ。
 (同作例は、偵察型の標準装備とも言える165or500Gal増槽を付けてない、そしてラウンデルの青色が戦後の青、と言 う点で画竜点睛を欠いた出来になっているのが、残念ですが・・・)閑話休題

2)基本はベアメタルのUSAAFの塗装に、ラウンデル部分のみ塗りかえた(=◎= 左右に米軍標識の矩形が残る)変則塗装
 →フランスパイロット協会の機関誌"Icare 96号 1981年 SAINT-EXUPERY TOME VI" (1943-1944 戦中期のエピソード)の号に解説されているのを初め、これまで広く認知されているもの。
 (ただし、同誌の塗装図はフィンフラッシュを新たに記入している、また尾翼のシリアルを"228223"と誤って記述している。)
 kamiさんの書かれている、ThirdGroupのデカール等もこの説。
 確かに、II/33飛行隊の機体の何機かに米軍標識から、○部分だけをラウンデル化した、=◎=塗装のものが見受けられ、6月6日の2回目のミッションの時に1Engine failerで途中引き換えしたと言われる42-13126号機、
3〜5回目の6月14日、15日、23日に搭乗の68273号機の後の塗装も、おそらくこのタイプの塗装。
さて、では問題の223号機の写真資料はどうかと言うと、今のところ同機のシリアル、塗装が確認できる最後のものは、同年の5月10〜31日の間でサルディニア島アルゲロで撮影された、
John Phillips写真集"Les derniers Jours de Saint-Exupery"の中で、エンジンスタートする08号機の有名な写真の後ろの遠景に写った物だと思われます。(撮影日は5月28日と言われている)
 因みに、この時の一連の写真で連続する別のアングルから撮影された同機は、明らかに米軍マークを付けています。

 と言う訳で、何れにしてもこの機体がフランス軍標識に塗り替えられたとすれば、6月1日以降、7月31日までの2ヶ月の間と言うことになります。
 そこで考えられる可能性としては・・・
ア)5月に米軍より移管されたと言う、3機のF-5B(4268219,68223,68273)が、6月以降順次国籍標識が塗り替えられた。或いは、サルディニア島から、7月5日にコルシカ島ボルゴへ移動するまでの間に、
該当機に重整備が入って、その際に国籍標識が塗りかえられた可能性。
イ)実はフランス側(米国側)にはっきりとした、整備記録又は、管理移管等の記録が残っていて、(例の海底の残骸も排気タービンのパーツシリアルから、
該当機と判別されたくらいなので・・・)7月31日までに同機の塗装が変更されたのは、
既知の事実であり、これらがマーキングの推測の根拠となっている可能性
(ただし、上記文献からは、主にフランス語能力不足の為・・・読み取れませんでした。)

で、ここからが疑問の部分なのですが、ではその2ヶ月間に本当に塗装は塗り替えられたのは確実なのだろうかと言う点です。塗り替えの事実が判らないとした場合・・・
3) 国籍標識を含めUSAAFの塗装のままの機体
 と言う可能性は、本当になかったのでしょうか?。

 米軍標識のままだった可能性の根拠としては・・・
ア)そもそも、実態としては、米陸軍航空隊第3写真偵察群/23写真偵察飛行隊隷下の1飛行中隊状態のII/33飛行隊で明確に米仏機材の振分けがされていたか不明。
 また実際、7月14日の7回目のミッション時は、米軍マークの23飛行隊機でフライトしている。
イ)5月に移管されたと言う3機のF-5B(4268219,68223,68273)は、少なくとも上記写真集の5月末の時点では、まだ全て米軍標識。
ウ)あと最後に、下衆のかんぐりとしては国家的英雄の作家が、アメリカの国家標識を付けた機体で亡くなっているのは、フランス人としては我慢ならないので、可能性としては考えられるが、
これまで黙殺されてきたと言う陰謀説・・・(笑)

 と言う訳で、個人的には私も、サンテクスに白星P-38なんかで、死んで欲しくないなぁと思うのですが、もう20年近く前になりますが、上記John Phillips写真集を入手して、気づいてしまってから、
ずっと引っかかりを残している課題なのでありました・・・。


このリンクは最後の離陸地である、コルシカ島ボルゴ飛行場です。
 1944年の7月31日、彼を乗せたF-5Bはここを離陸し、そして二度と戻ってくることはありませんでした。
 RWY34を北向きに離陸すると、すぐに眼下には真っ青な地中海、コルシカ島の北端をかすめて高度をとっていくと、やがて正面にヨーロッパアルプス、緩やかな左旋回で機首を北西に30分も飛べば、モンテカルロの街並みを右下に眺めつつ、
ニース海岸からフランス本土へ・・・いつか同じコースをたどってみたいです・・・。
 因みに、残骸の引き揚げ地点は↓のあたりです。(トロール漁船の魚網に引っかかったせいで海底を引き摺られており、実際の正確な墜落位置は未だに判明していないそうですが…)
  さて作家のパイロットとしての総飛行時間6,500時間、関わった機体は約30機種と言われています。
 そのうち、模型化されているものは半分にも満たないのですが、少年の時に体験飛行で初めて空を飛んだウロブレウスキー機から、ファルマン、ブレゲ14、ラテコエール28、シムーン、そして最後のF-5まで、
調査して出来れば立体化したいと言うのが、密かな野望だったりします・・・(因みに今回のは、最終パートの一部になる予定で書き溜めていたものでした(笑))。

http://maps.google.com/maps?hl=ja&client=opera&lr=&ie=UTF8&oe=UTF-8&t=h&om=1&ll=43.177141,5.384674&spn=0.043876,0.06197&z=14

(2)サン=テグジュペリ 星空への帰還 投稿者:milk32+  投稿日:2007年 9月 5日(水)
由鷹さん、お元気そうでなにより。
題名は1994年に製作された映画の邦題(Saint-Exupery:La derniere mission)です。
ラストでP−38の実機を飛ばしていて、まず尾翼のアップが出てきます。

ラウンデルはUSAAFの星丸を塗りつぶしたような塗装になっています。
映画なんだけど、フランス映画だし、それなりにリサーチしてるかなーということでおやすみなさい。

http://www.wetwing.com/movie/saint/saint.html(※2007年現在DVD化はされていないようです)


ゆたか@sapporo、
Milkさんこう言う映画があるんですね。全く知りませんでした。同時期に「星の王子様を探して」と言う別の映画も公開されたと思うんですが、ご覧になっています?
 さて映画の機体・・・そもそもの、根本的な塗装がOD色で違うのは仕方ないとして、あ゛〜これは、Icareの欺瞞情報を信じちゃったパターンですね(笑)
(3)サン・テグジュペリの搭乗機は2003年10月に、マルセイユの沖で、残骸引き上げ作業が行われました。
研究者の横山三四郎氏による記事が当時サンケイ新聞(以前はsankei.webから参照できたのですが、削除されてしまったようです・・・)に掲載されていました。
引き揚げにまつわる、紆余曲折は、「星の王子さまの眠る海 」と言うの本に詳しいです。

そもそも、撃墜説は、前述のIcare誌に発掘された真相として書かれたもので、ニースの沖合いで独軍士官候補生の乗るFW-190D9(!)に撃墜され、当のパイロットは後に戦傷により死亡。(ゆたかさん、これですが、これFw190DG!と報告されたそうです。多分-9と-Gno誤記なんでしょうが、http://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/human/sa/santex.html)
死の間際の手紙により知人に告白された真実と言うセンセーショナルな物でした。しかし実際のその手紙は行方知れず、またドイツ空軍の正式記録にも一切そのような戦闘、戦果が見当たらないと言う、かなり如何わしいものでした。
(そもそも、当時南仏にドーラが配備されていたと言う点からして、胡散臭いですが・・・)
しかしながら1980年以降の20年近くは、この撃墜説が一人歩きしてきた感があります。
 引き揚げられた残骸には、被弾の痕跡は一切無くまた、同時期の地中海戦域でのサンテックス機以外の行方不明機については、全て独側の記録があるか又は、残骸が確認されているそうなので、今回の残骸の発見で一応、議論に終止符が打たれたのではありますが、
墜落の真の原因については、結局何も判ってはいません。(個人的には、酸素供給系の不具合が一番ありそうな気がするのですが・・・)
 因みに、引き上げられた残骸は、パリ、ル・ブルージュの航空博物館に展示されているそうです。


(4)サンテックス  投稿者:ズブ四郎  投稿日:2007年 9月10日(月
乗機の残骸(左主脚、左側排気タービンおよびブームの1部)はAero-Re.L.I.C.で調査された後、2004年7月30日にルブールジェの航空博物館に寄贈されました。
排気タービンの内側支持部に刻印されていた製造シリアルナンバー(MSN)2734Lによってサンテックスの乗機42-68223と認定されたのですが、Aeroplane Monthly2004年10月号にこれに疑問を投げかける記事が掲載されていました。
記事によれば判定の根拠となったMSNが手で刻印されていること、空軍のシリアルナンバーが刻印されていない事などを挙げ残骸がサンテックスのものであると結論付けるのは早計だと述べています。
残骸に付いてのAero-Re.L.I.C.調査レポートは下記サイトで見られますので興味のある方はどうぞ。

http://www.aero-relic.org/English/F-5B_42-68223_St_Exupery/e-00-stexuperyf5b.htm


(5)残骸のその後
 投稿者:ズブ四郎  投稿日:2007年 9月12日(水)
2006年6月22日、夜間飛行の出版75周年を記念して機体の残骸と同じく海底から引き上げられたブレスレット、これには彼の名前が刻まれていました、レジョンドヌールなどサンテックスにちなんだ常設展示コーナーがルブールジェの航空博物館にオープンしました。
このコーナーは時計メーカーのIWCがスポンサーでオープニングセレモニーにはジャン・レノも出ています。IWCは75周年を記念して1931個の限定版サンテックスモデル パイロットウォッチを発売しました。
ちなみにお値段はステンレス側が\ 525,000、ローズゴールド側が\ 1,774,500、1個だけ作られたプラチナ側は非売品でオークションにかけられ収益はアルゼンチンの慈善団体「夜間飛行協会」に寄付されたそうです。

http://www.saint-exupery.org/agenda/index.php?actu=41


80番の気体:ペガサス  投稿日:2007年 9月11日(火)23時57分15秒
上の68223の塗装図は、Les Ailes de Gloire 16のものとは若干違いますね。
私は機番80がずっと気になっているのですが、同機について、モデラーの観点から、特に色について考察したものって、あるのでしょうか。
(6)仏Replic誌35号の塗装図 投稿者:mayonaka  投稿日:2007年 9月16日(日)01時08分59秒
ペガサスさんこ
ペガサス:mayonakaさん、まさにそれです。いや素晴らしいお作。これは、ヘイズに上面現地迷彩という解釈でしょうか?スピナが赤という塗装図もありますね。
mayonaka :REPLIC n35に掲載されていました。残念ながら仏文の内容は判りません。
作例はハセの48にX-TRAPARTSと言うレジン改造パーツ使用のようです。
>スピナが赤という塗装図
これでんな 同じ記事の中に入ってました(全体の側面図でしたが障りが有ると思いますので部分

がらんどう:mayonakaさん、これはホラブロ大泉会長のF-5。三色迷彩ですが最後の機体80番ですね。
http://home.catv.ne.jp/kk/galland/2005gekisaku/05.htm
ズブ四郎さん;ペガサス様古い資料しか持ってませんが、Aero Album1969年夏号では上面オリーブグリーンとメディアムブラウン、下面ライトグリーン(英軍のスカイに似た色)でスピナーは赤白と書いてありますが、掲載されたほぼ正面からの写真で左のスピナーのみ2色に塗り分けられています。
KokaburraのLIGHTNINGでは上面オリーブグリーンとグレイブラウン、下面ライトグリーニッシュイエロースピナーは青白となっています。
比較的新しいところではThir Groupデカールの説明書には上面オリーブグリーンとメディアムブラウン、下面ライトグリーン(英軍のスカイに似た色)または英軍のダークグリーンとダークアースに下面スカイ、スピナーは右が赤、左が赤白、ドロップタンクは全面暗い色または上下塗り分けと書かれています。
3誌とも一致してるのは国籍マークで黄ふちラウンデル6箇所にラダーは3色塗り分けです。

ペガサス:ズブ四郎さん、ありがとうございます。
諸説あって、決定打がないってことでしょうか。
オリーブグリーン、グレイブラウン、メディアムブラウン、ライトグリーニッシュイエロー、ライトグリーン・・・
フランス機の塗装については全く無知なのですが、これは仏軍の正規迷彩色なんでしょうか。

私の持っている本(EthellのP-38カラー本)の中に、同部隊とおぼしき迷彩のF-5があるんですが、上はダークグリーン、下はスカイではなくライトグレイに見えます。スピットファイアIX(砂漠迷彩?)の機首ごしに写っているので、同じ基地に英軍の塗料があってもおかしくはないか、と思ってます。ただし、小さい写真だし、印刷その他で写真の色調が正しいかどうか断定はできないでしょう
42-13080"Jeanne号:ゆたか@sapporo
>>ペガサスさん
>>ズブ四郎さん
>>mayonakaさん
みなさまはじめまして
自分で話題を振っておいてなんですが、サンテックスの乗機の話題がこんなに続くとは・・・

42-13080"Jeanne"号ですが、写真が残っている割に塗装が良く、判らないですね…。
この機体ですが、"Les AILES de GLOIRE No16"にはRAFのお下がりでRAFから移管された機体とあります。
おそらく、これをうけて同誌では上面ダークアース、ダークグリーン、下面スカイの塗装説を取っているかと思われます。
しかし、RAFで偵察型P-38を使ったことがあったんでしょうか?だいたいRAF塗装のP-38と言えば、御破算になったLighatningIくらいしか思い当たらないもので・・・。
ただ、ペガサスさんの御推測どおり、GRII/33(と言うよりUSAAF 3rd PhotoGroupが?)はP-38偵察型の前は、スピットファイヤー偵察型を使用していたとありますから、移管云々に関わらず、英国系塗装というのは十分考えられることだと思います。
因みに、前出の写真集のJohn Phillips写真集のコクピット周辺の写真では、暗色の方は極めて黒に近く写っており、これは明度の低い暗緑色系ではないかと思われます。
また、塗装の剥離が酷いですが上記の上面食の剥離の下が、ジンクロぽくなく、下面色と同系統の色が出てきており、グレー(OD?)又はブラウン系の上に上面色を塗装しているようにも見えます。
個人的には、下面ライトグレー、上面ダークアース、ダークグリーンのRAF極東塗装に近い塗装ではないかと推測しているのですが・・・。

と言う訳で、一人で悩むよりも皆さんにも謎を、共有して頂く事にして・・・
前出のJohn Phillips写真集"Les derniers Jours de Saint-Exupery"の英語版で、まだ入手可能だと思います。
文字スペースのページ構成等、若干全体の構成が違いますが、掲載写真その物に関しては、オリジナルと変わりありません。
値段も手ごろですし、装丁はハードカバーになって、印刷も製本もむしろオリジナルより良い感じです。
現在、流通している戦時の彼の写真やスケッチ、イラスト、そして塗装図等のほとんどが、こちらの写真集の写真をソースにしていると思われます。
mayonaka:いえね 私としてはそんなにサンテックスやP-38に思い入れが有る訳ではないのですが、たまたま別件で資料漁りをしていたところに『80番』の掲載記事が有ったのでペガサスさんが気にしてらしたのでのこのこ出て来た次第です。ただRAF関係の資料は多少持っていますのでそちらから調べてみますと、42-13080機がRAFのお下がりでRAFから移管された機体であるとは思えないのです。ゆたかさんのおっしゃる通りRAFが使用したのはLightning I が枢機のみであり偵察型を配備使用した部隊も記録には残っていません。よって42-13080(F-5A-10-LO)はUSAAFのお下がりと考えるのが妥当ではないかと思います。そうなれば機体の塗装はもともとの「haze」の上に現地で塗装したと考えられますが如何でしょうか?
ペガサス:そうそう、降下猟兵さんにその写真集"Les derniers Jours de Saint-Exupery"を見せられて、アマゾンに在庫があって、手にした時から悩んでますよ。以下、偏執狂的愚考のあれこれ。

ヘイズ説の傍証は、下面色の部分に注意書きステンシルが残っているんですね。ということで、下面は工場塗装です。mayonakaさんの考証で、英軍向け塗装はなさそうとすれば、残るはヘイズでしょうか。ただし、前出Ethell本では、それほど青くないんですよ〜。
上面は、見ようによっては2色斑にも見えます。ダークグリーンとダークアースというのは、白黒写真の明度差でもリーズナブルな範囲だと思います。ただし、全体のパターンまでは判りません。写真集でも迷彩機は2機あるので、注意が必要です。キャノピフレームの注意書きが判別ポイントです。"Les AILES de GLOIRE No16"の塗装図は、写真の濃淡パターンと食い違うところもあるし、下面をスカイと考証してるしで、信用度いまいちですかね。

おっと、ヘイズが残ってるとすれば、星の袖はどうなってるんでしょう。別の色で塗りつぶした?
カスミか雲か  投稿者:mayonaka  投稿日:2007年 9月17日(月)21時24分17秒
Hazeについて下記資料に興味深い記述有り
それによるとHazeにはいわゆる『Haze』と「Synthetic Haze」が有り途中で切り替わったこと。
それでもいくつかは従来のOD&Neutral Grayで生産されたこと。
イギリスの基地に展開したF-5の部隊はPRU Blueで上塗り"coat"していたこと
出典 squadron/signal pub  AIR FORCE COLORS Vol.2  ETO & MTO 1942-45  by Dana Bell
PRU Blue上塗りはDUCIMUS BOOKS/ CAMOUFLAGE & MARKINGS United States Army Air Force のP-38のページにも記載有り

前述の"REPLIC"誌の作例記事はその辺りも言及しているようで(フランス語ですので読めませんが)『80』番機は上面OD、下面Neutral Gray で塗装、最後の機体『223』機はSynthetic Hazeとの記述(たぶん)
>ペガサスさん
>>写真集でも迷彩機は2機
これはF-4ですけど

milk32+:「星の王子様を探して」は残念ながら未見です。主演はブルーノ-ガンツ。ヒトラーは見たので対極のサンテックスも見てみたいです。探してみよ。

写真は「3日後にパリーサインゴンを最速飛行して賞金ゲットだぜ」と夫から聞かされ驚く奥様コンスエロ(マリア・デ・メロディス)さんです。


がらんどう:「サン=テグジュペリ 伝説の愛 」の表紙、奥さんのコンスエロ。